「死神」と聞いて命を奪う姿を思い浮かべたなら、アヌビスが死者のために何をするかを見てみよう。遺体を整える、墓を守る、審判に立ち会う。役目を追うと、怖い姿だけでは捉えられない神が見えてくる。
ミイラづくり・墓地の守護・死者の導き
アヌビスは、死んだ人が来世へ進めるよう、遺体を保ち、葬送とその後の旅を支える神である。古代エジプトでは死後も生き続けるために身体を保つことが重んじられ、ミイラづくりはそのための処置だった。ケルシー考古学博物館は、遺体の保存を担う役目と、棺や護符に姿を表して死者を守る役目を分けて説明している。
だから「死に関わる神」と「人に死を与える神」は、同じ意味ではない。ただし、優しい案内役だけと捉えるのも狭すぎる。アヌビスは、死者が審判を通過する場面にも関わっている。
名前と呼び方
アヌビスはギリシャ語を経た呼び名で、エジプト語名はインプ、アンプなどと表記される。翻訳書で別の表記に出会っても、すぐに別の神だと考えなくてよい。巻末の索引や訳注で同じ神を指すか確かめながら読むと、名前の違いで立ち止まりにくくなる。
犬科の姿と、心臓を量る場面
長い耳と鼻を持つ黒い犬科の姿が、アヌビスの目印である。獣の姿そのものでも、犬科の頭を持つ人の姿でも表される。よく「ジャッカルの頭」と説明されるが、ケルシー考古学博物館は、その特徴すべてに一致する実在の犬科動物はないとしている。神の図像を、そのまま動物図鑑の一種と結び付ける必要はない。
『死者の書』には、死者の心臓を、真実や秩序を表す羽根と量り比べる場面がある。心臓はその人の記憶や人格に関わるものとされ、アヌビスは秤を確かめ、計量を見守る。博物館の解説では、神々の前で死者について証言し、最後の問いをする役も紹介されている。
「秤の横にいるから、一人ですべてを裁く神」とまとめるのも、「死者を守るから、審判には関わらない」と分けるのも正確ではない。図を見るときは、アヌビスが何をしているかを、周りの神々の役目と一緒に読むとよい。
系譜 — 生んだ親と育てたイシス
親の名は一つに決まらない。まず、どの資料の伝えかを添えて並べてみる。
| 参照する資料 | 親をめぐる伝え | 読むときの区別 |
|---|---|---|
| プルタルコス「イシスとオシリスについて」第14節 | オシリスとネフティスの子。イシスが見つけて育てる | この伝えでは、生んだ母と育てた者が異なる |
| ケルシー考古学博物館の系譜解説 | ヘザトの子、オシリスとイシスの子という別の伝えも紹介される | 複数の伝承を整理した現代の解説であり、一つの原典の系図ではない |
プルタルコスの第14節では、イシスは犬たちに導かれて子を見つける。育ったアヌビスは、そのイシスを守り、付き添う者になったと語られる。「母はイシス」とだけメモすると、この伝えでのネフティスとイシスの違いが消えてしまう。書名と「生んだ/育てた」を一緒に控えると、ほかの系譜に出会ったときも混線しにくい。
オシリスの物語で担う仕事
オシリスの遺体を整えるアヌビスの役目は、ミイラづくりと結び付いている。王立オンタリオ博物館の展示解説では、アヌビスがオシリスに最初のミイラづくりを施したという神話が紹介されている。これは技術の発明を示す史実ではなく、死者の身体を保つ営みを神々の物語として語る伝承である。
一方、先ほどのプルタルコス第14節で確かめられるのは、誕生からイシスの守り手になるまでの話だ。別々の資料から知った仕事を、同じ一節に全部書かれているかのようにつながないようにしたい。オシリスの死から冥界の王になるまでの筋は、オシリス神話の語りで読める。
異伝 — 系図の違いを消さずに読む
親が違う二つの説明に出会ったら、片方を誤りと決める前に、出典と、そこで語られる関係を確かめる。古代の著者が記した一つの伝えと、現代の博物館が複数の伝えを整理した解説では、資料の性格が違う。
メモには「アヌビスの親は誰々」と一本の線を引く代わりに、「プルタルコス第14節では」と書き始めてみる。別の伝えが見つかったら、資料名を添えて隣へ置く。親の名を一つに決めなくても、ミイラづくりや死者の守護という役目は理解できる。
他の神話と比べるなら、導く先を見る
ギリシャ神話のヘルメスにも、死者の魂を導く役目がある。のちにはアヌビスと結び付いたヘルマヌビスという姿も知られる。ただし、役目が似ていることと、元から同じ神であることは別である。
読み比べるときは、「誰が導くか」に加えて、「どこへ行くのか」「戻ることはできるのか」を見てみよう。冥界下りの棚では、死者の国をめぐる別の体系の物語へ進める。神の名から別の一夜を選び直すなら、館の棚へ戻れる。
原典と読める本
古代エジプトの文書を日本語で読む入口には、杉勇・屋形禎亮訳『エジプト神話集成』(ちくま学芸文庫)がある。出版社の書誌によると、ピラミッド・テキスト、神々への讃歌、「ホルスとセトの争い」などを収める翻訳集である。
今回紹介した誕生とイシスの話をたどるなら、プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』(柳沼重剛訳、岩波文庫)が対応する翻訳書だ。この記事の第14節の要約は、公開されている英訳と照合した。日本語訳の文章を引用したものではない。
アヌビスの役目がつかめたら、今夜は書名を一つ控えるだけでもよい。系譜の答えを暗記する前に、どの本でその伝えを読めるかが分かれば、次の一頁へ進める。
